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御本尊 阿弥陀如来三尊像
御本尊 阿弥陀如来三尊像
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当山の御本尊は、中央に阿弥陀如来像、向かって右に観音菩薩像、左に勢至菩薩像の三尊像を御安置する、阿弥陀如来三尊像です。
阿弥陀如来は阿弥陀仏ともいい、西方極楽浄土にいらっしゃる仏様で、観音菩薩様、勢至菩薩様は阿弥陀仏様をお助けする菩薩様です。 当山の御本尊 阿弥陀如来三尊像は江戸時代後期の作とされ、極楽浄土にて説法されている説法印のお姿です。
参道の石佛
参道の石佛
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当山の仁王門から観音堂に至るまでの参道脇には、左右に多くの石仏が並んでおります。仁王門をくぐると、右側(南側)に六地蔵尊と松本三十三番観音霊場の観音様の石像33体が立ち並んでおります。
山門の向かいである左側(北側)には、播隆上人石像と六字名号碑、それに百体観音石像が立ち並んでいます。
牛地蔵尊(うしぢぞうそん)
牛地蔵尊
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当寺の山門を入ると、すぐ左側に、柔和な御姿の牛地蔵尊と牛の像が祀られています。
この尊像の建立の所以は、昔、突然牛が境内へ逃げ隠れてまいりました。牛を追ってきた人に、時の住職であった立月(りゅうげつ)和尚は、「どこへ連れて行くのか」と尋ねたところ、「屠殺場へ連れて行く途中、牛に逃げられました」と答えました。
そこで立月和尚は、自分のかけていた袈裟を牛の首にかけて、「ここで殺せ」というと、飼い主はどうしても殺す気持ちになれず、立月和尚はその牛の代金を支払って、引き取り、寺で牛を飼うことにしました。
当時は、田畑を耕作するのに、牛馬の力が必要でしたので、近隣の農家の人たちは、寺の牛を交代で借りていって耕作し、夕方になると、牛は独りで寺へ帰ったと伝えられています。
ある時、立月和尚が病気を患い、危篤状態となって、弟子や近親者が枕辺に集まっていますと、不思議なことに、今まで元気で耕作し働いていたその牛が急に亡くなり、危篤であった立月和尚が元気となりました。その後、立月和尚は、自分の身代わりになってくれた牛の菩提を弔うために、慶應3年(1867)境内地へ建立したのが、この牛地蔵尊です。
とても温和な御顔が多くの信者を引きつけ、毎朝参拝する人があります。
(写真は、地蔵尊〈奥の紅い頭巾と前掛けを着けた御像〉と牛の像〈手前〉)